宗教法人 正藏院


 「新吾様のお戻りにならぬうちはお目にかからぬ」と、老中は二人とも、仮病(けびょう)をつかって登城しなかったが、
この時の新吾は六郷川の河口に近い羽田村の正蔵院にいた。晩秋の見ずに体をそこね、寺の住職に助けられて和尚(おしょう)の部屋に寝ていたのだ。
 新吾にしては珍しく、二十五年の生涯のうち、病気で寝たのはこれが最初だ。幸助とお花は寝食を忘れ、夜の目も寝ずに看病して片時も側を離れない。
「大丈夫でございますか先生」
「少しはご気分がよくなりましたか」
 と、両方から覗き込み、顔色の変化を案じつづけている。
「お前たちの看病と住職の親切で、どうやら熱も下がったようだ」と、初めて病気にげっそりして
「人の運命は判らぬものだ。お前たちを助けようとした俺が、今度は二人に助けられてしまった」
「私が助けてたんじゃありません。此処(ここ)の和尚さんが助けてくれたんです」
「よい所によい寺があって仕合せだった」
「今だからいいますが、あの時に水の上から見えていた火は、死人を焼く荼毘(だび)の煙だったんですよ」
「死人の日に助けられたか」
「その代わり人家には遠く、原の中の一軒寺で誰も人が来ないから安心していられますよ」
「先生は将軍のお子様だから、人に見られるとすぐ知れてします。こういう所に居た方がいいでしょう」
「和尚さんが良い人だから何時までいても大丈夫です」と、子供がしきりに気をつかっている。


「そうはいっても見知らぬ寺だ。長く寝ている訳にもなるまい」
「その心配はいらぬ」と、正蔵院の法山和尚は部屋の外から大声で
「見る通りの貧乏寺で何のもてなしも出来ないが、気兼ねな者は1人もいないのだから、ゆっくりと養生をなされ」
と、新吾たちを喜んで迎えて「寺というものは死人(しびと)を相手の商売、たまには行きたい人間も扱って見たいぞ。あっはっはっはっはっはっ」と、のん気そうに笑い上げる。
真言宗の古寺(ふるでら)で、不動明王を御本尊に据え、法山和尚の一人暮らし、百姓片手間の寺男が二日目に来て掃除をする。炊事一切自給自足だ。
「死人がなければ誰も来てくれる場所だから、行きたい人間を見ると頼母(たのも)しゅうてならぬ。如何なる人かは知らぬが名前も身の上も聞くまい。急がぬ旅でなかったら出来るだけ長く滞在してくれ。家の中が賑(にぎ)やかでよろしい」
名前も身の上も聞かぬといい
「秋の末だというのに、水に濡(ぬ)れて寺へ駆け込むようではどうせ世を忍ぶ身の上だろう。人目を避けるにはもって来いの場所だ。
安心して何時までも居るが好いが、その代わり食いものは自分で作るのだぞ。米と味噌だけはあるが贅沢(ぜいたく)ものは何もない。うまい物がほしければ自分で
買いに行け。買いに行ったらついでに俺の分も買ってきてくれ」